85歳で現役で働く、なにわの双子姉妹…息ピッタリで定食屋を切り盛り (産経新聞)

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佐谷 亜理の『Simplits』 怪しい噂!実践者のリアルな口コミ

佐谷 亜理の
『Simplits』について
ネット上では【怪しい噂】もあるみたい

実際のところどうなんでしょう?

出典元:南船場の定食屋「十代橘」を営む85歳の双子のおばあさん十代都喜子さん(右)と葛野都司子さん=大阪市中央区(薩摩嘉克撮影)

大阪・南船場の定食屋「十代橘(じゅうだいたちばな)」で、85歳の双子姉妹が現役で活躍している。生後直後に離ればなれになったが、後に双子と知り、支え合いながら苦難を乗り越えてきた。戦争や借金、病気…。苦労を重ねた人生だったが、それでも2人は「双子で良かった」と朗らかだ。明るい笑顔はさしずめ「なにわのきんさんぎんさん」。店内は、素朴でやさしい味わいの料理と2人を目当てに訪れるお客さんでにぎわっている。(中井美樹)

■双子なのに親戚として

 十代都喜子(じゅうだいときこ)さん(85)と葛野都司子(くずのとしこ)さん(85)の姉妹は昭和8年、堺市の建築資材業を営む家に生まれた。当時、「双子は縁起は悪い」と言われ、妹の都司子さんは生後すぐ母方の実家に引き取られ、伯父夫婦の実子として育てられ離ればなれになった。

 親戚づきあいはあったが、姉妹とは知らなかった2人。7歳のときに、都司子さんの育ての両親が病気で相次いで亡くなった。

 20年、堺の市街地が焼けた空襲で、都司子さんの家が全焼。双方の家族が一緒に住むようになった頃から、「自分たちは双子ではないか」と感じ始めていたという。都司子さんは「遠慮していると、ことあるごとに(都喜子さんが)気にかけてかばってくれた」と振り返る。

 ともに堺高等女学校(現・府立泉陽高校)に入学。教科書は2人で1冊しか買ってもらえなかったので、休み時間に渡して一緒に使った。本当の双子だと打ち明けられたのは成人してからだった。

■苦労した結婚生活

 26歳で相次いで結婚したが、それぞれに苦労した。

 都喜子さんは建設会社を営む家に嫁いだが、結婚から数年で会社は倒産。親族が営む小料理屋で働きに働いた。いつか独立したいと夢を描き、40代半ばで2300万円の借金をして、南船場で定食屋をはじめた。当時、界隈で定食屋は珍しく、周囲で働く人らで昼も夜も大繁盛。都喜子さんが頑張るほどに、夫は働かなくなり夫婦関係はぎくしゃくしたが、借金は8年で返した。

 一方、都司子さんの夫も会社経営がうまくいかず、借金を繰り返した上についに倒産。都司子さんにも約3千万円の借金が残り、60歳近くにして姉の店で本格的に働くことになった。

 「男運はふたりともなかった。そやけど、産んだ子供らがみんな真面目。だから夫には感謝せんとあかんわなあ」。都司子さんは軽やかに笑った。

■姉は闘病中

 苦労を感じさせない2人の明るさがお客さんを呼び込む。40年近く通っている男性客(86)は、仕事で嫌なことがあると、決まってこの店に飲みに来た。「うじうじ飲んでたら、この2人に両側から『しっかりせぇ』と言われる。そしたらやる気が沸いてきた」と話す。

 元気に働いているが、都喜子さんは実は闘病中でもある。

 81歳のときに大腸がんが見つかり手術。その後、肝臓にもがんが見つかった。抗がん剤治療の副作用で手足の関節が痛んだり疲れやすくなってしまっているが、「店はいっぺんも休んでまへん」と胸を張る。

 都司子さんは、いつも、さりげなく病気の姉を気遣う。疲れすぎないように様子をうかがい、立ち上がるときはさっと手を貸す。

 「こんなにようしてもらっても返せまへんで」と感謝する都喜子さんに、都司子さんは「助けるやて思ったことないわ」と応じた。

 85歳まで元気で働くことが目標だったという2人。今年の2月の誕生日で目標に到達したが、まだ働けるし、働きたい。次の目標は90歳だ。

【どんなタイプでも解決できる】みたいに言ってるのが
ちょっと【インチキくさい】感じがするのよね

わたしが気になっているのはコレ・・・

よく公式サイトとかに出ているモニターさんって
成功したから、代表例として出演しているわけで・・・
全員が【必ず】成功するとは限らないよね。

かといって
実践者のリアルな口コミを読んでると
かなり高い効果を実感できるみたいだよね。

信じて、試してみようかな

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