気さくな人、山口洋子さん 初対面で「これから食事だから一緒にどうぞ」と卵かけご飯を…(夕刊フジ)

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【昭和歌謡の職人たち 伝説のヒットメーカー烈伝】

 「作詞家は言葉だけだから説得力がないのよ。だから、のっている作曲家と組まないと弱いの。作曲家は1番で済むけど作詞家は3番までいるからね」と笑って言われた。

 作詞家は原稿用紙のマス目を埋め、作曲家は譜面に音符を埋めなければならない。量的な問題ではないと思うが、流行歌は歌詞がまず歌の舞台背景、脚本を決めるから大きなウエートがかかる。それをメロディーにのせて心地よく聞かせることによって言葉は大きく広がる。

 また、「お店のトイレに歌詞の一部が書かれていると、たまらなくうれしいよ」とも言われた。

 山口さんに最初に会ったのは、まだ、駆け出しのディレクターの73年頃、東京・目黒の事務所を訪ねると、「これから遅い食事をするから一緒にどうぞ」といわれ、いきなり丼飯の卵かけご飯をいただいた。

 繊細な作詞家と丼飯には少々戸惑いつつも、気さくな山口さんにすごく親近感を抱いたのも事実。その後は、仕事がなくても事務所に足を運び、話を聞くことが多かった。

 山口さんは名古屋生まれで京都の高校を中退し東映のニューフェイスで女優になったが、見切りをつけて銀座でクラブ「姫」を経営するように。クラブ経営について触れた話がある。

 「酒が好きな人はクラブなんて経営しちゃダメよ」という言葉に、思わず「どうしてですか」と返すと、「酒が好きだと酒好きの気持ちが分かるから、つい許しちゃうのよ」との答えが。

 打ち合わせでは、いつも雑談から「じゃ、どんな歌にしようか」と本題に入るのだが、低迷している女性歌手を担当していたとき、具体的なアイデアがないと打ち明けると、「アイデアがないなら、あなたが嫌いな女にしましょう」なんてこともあった。確かにいくらでも出てくる。

 1968年から作詞活動に入り「噂の女」「よこはま・たそがれ」がヒット。60~70年代に一時代を築いた。80年には小説「演歌の虫」で直木賞も受賞するというマルチな活躍をみせた。

 野球好きとあって、スポーツ新聞の特派記者をやったことも。女優からクラブ経営、経営者から作詞家、小説家、特派記者といずれも成功するという達人だった。

 ■山口洋子(やまぐち・ようこ) 1937年5月10日~2014年9月6日。享年77。1985年に直木賞を受賞。没後に第56回日本レコード大賞・功労賞を受賞。

ネットの評判や噂って
実際のところどうなんだろう?

正直、ノウハウに興味あるから気になります。

わたしが気になっているのはコレ・・・

こんなに簡単に効果がでるんなら
すぐにでもやってみたい気がするんですよね。

評判や口コミどおりに効果あるなら
嬉しいけど・・・。

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